大学院の思い出
卒業式の時期になると、大学院で過ごした日々を思い出します。
私は25歳の時に、平成国際大学大学院法学研究科に入学をしました。
https://www.hiu.ac.jp/education/graduate
税理士を目指した当初は、大学院に行くことは全く考えおらず、
5科目官報合格のみを目標に20歳から税理士の勉強を始めましたが、
簿記論・財務諸表論と合格し、
仕事を辞め1年間勉強に専念して臨んだ所得税の試験が終わったその年に、
もう大学院に行こうと決心をしました。
当時は勉強に専念をしていたという事もあり、
専門学校の成績はかなり上位をキープしていました。
計算も理論もかなりの精度で仕上げおり、
この中だったら何が出題されても回答できるという自信もありました。
ですが、実際の試験では、理論も計算も習っていない内容が多く、
問題を見た瞬間に絶望的な感覚になったのを今でも鮮明に覚えています。
※この辺りの部分は以前の記事をご覧下さい。
結果的には合格していたのですが、
試験後に税理士事務所に就職し、次の科目選択をしていた際に、
1年間仕事もしないで勉強をした結果、試験問題に泣かされるのか…もしかして次も…
という思いが日に日に強くなり、その年の10月頃、大学院進学を決意しました。
就職した事務所にいた優秀な方が、大学院に進学していた方だったというのも、
大きな後押しだったと思います。
大学院選びについては、私はあまり多くを語る事ができません。
なぜなら、勉強に専念していた関係で、当時社会人経験が1年半ほどしかなく、
たいていの大学院の社会人入試の受験資格が社会人経験2年以上~という中で、
そもそも私が受験できる大学院が少なかったのです。
そんな中、平成国際大学大学院の受験資格は社会人経験が1年以上~でOKで、
かつ、入試試験の前期日程の申し込みに間に合うという状況でしたので、
あまり多くを考えずに入試を受けていました。
※大学院入試は前期・後期と時期が分かれていることが多いのですが、
一般的に、前期の方が合格しやすいと言われています。
入試に合格し、埼玉にあるキャンパスに通うため、
当時の職場の沿線も考えて東京から大宮へ引越しをしましたが、
この決断が、本当に良い決断だったなと。
人生初めての一人暮らし、しかも見知らぬ土地という環境の中、
人として大きく成長できたと思います。
大学院の授業は、ほぼ毎日夜にありましたので、
朝から仕事をして大学院に通い、また職場に戻って終電まで仕事をして、
大宮駅で飲んで家に帰るという生活。
20代の体力はすごいな(笑)
教授が元国税の方でしたので、
授業自体も実務に沿った内容で、とてもいい勉強になりました。
ただ、卒業論文の執筆には苦労しました。
試験とは違って、自分が勉強すればするだけいい論文ができると思っていたのですが、
それでも教授にダメ出しされる日々が続くと、精神的にはかなり疲弊していましたね。
当時は転職直後で新しい職場にも慣れないといけないという状況でしたので、
それこそ、最後の半年間は、23時頃まで仕事、4時頃まで論文、9時に出社、
という生活をほぼ毎日していました。
これも20代だったからできた事だと思います。
30代の今でもやり切れるか自信が無い…
それでも、印刷した論文で膨れ上がったファイルをたくさん抱え、
重い専門書を背負いながら過ごしていた日々は、
ある意味では、青春の日々だったのかもしれません。
以前、私はあるお寺の方丈様に言われたことがあります。
「社会人になって目標に向かって勉強している日々が、人生で一番幸せな時間ですよ」
当時は実感できていない部分もありましたが、
税理士として働いている今では、この言葉が本当に染み入ります。
「何が何でも税理士になる」という目標だけを信じて、
体力と気力の続く限り勉強をし続けた、大学院での日々は、
本当に幸せな時間だったなと。
同じことを、試験勉強でもやればよかったんじゃないかという思いもありますが、
不確定要素がたくさんある税理士試験では、
ここまで前向きにはなれなかったのでは、とも感じています。
大宮という街で出会った方々と今でも交流がありますし、
今の職場を教えてくれた方も、大宮の飲み屋での飲み友達です(笑)
試験勉強だけやっていたら、今の生活は本当になかったでしょう。
独立もしていないでしょうし、生活の幅も、人としての知見も、かなり狭かったと思います。
そもそも税理士になれていたかもわかりません。
そんな人間が税理士になるなというご意見もあるかと思います。
そのご意見に対して、今、私の立場から言えることはありません。
私を信頼してご依頼頂いているお客様の幸せのために、
これから先の税理士人生の中で示していきたいと思います。
